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『NEWSを疑え!』第307号(2014年6月5日号)

『NEWSを疑え!』第307号(2014年6月5日号)
◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)
◇◆明石元二郎を知っていますか?
◆ロシアの心臓部を情報活動で直撃
◆育たなかった明石の後継者
◆昭和の軍エリートの夜郎自大ぶり
◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
・ウクライナでロシアが親ロシア派を排除
(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
◎ミリタリー・アイ(Military Eye)
・集団的自衛権のほうが戦争を防止できる(西恭之)
◎編集後記
・役所の権限で国防を語るな!

◎テクノ・アイ(Techno Eye):

◇◆明石元二郎を知っていますか?

(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

Q:小川さんはゴールデンウィークに台湾を訪問し、第7代台湾総督だった明石元二郎・陸軍大将の墓にお参りしたそうですね。今回は、明石元二郎の話を聞かせてください。

小川:「当メルマガ第299号(2014年5月8日号)の編集後記にもちょっと書きましたが、台湾行きの目的は危機管理の調査研究で、静岡県立大学グローバル地域センター特任助教の西恭之さんと一緒でした。台湾政府などでヒアリングを重ねた後、帰国日に飛行機の出発まで時間があったので、少し足を伸ばして明石元二郎の墓を訪ねたのです」

「明石大将は、台湾総督に就任して1年4か月余の1919(大正8)年10月26日、在任中に満55歳で没しました。公務のため日本に向かう船内で発病し、亡くなったのは郷里の福岡でした。世界的に流行していたスペイン風邪によるとも言われています。明石は『自分の身に万一のことがあったら必ず台湾に葬るように』という遺言を残し、台北市三枚橋墓地に埋葬されました」

「現役だった台湾総督の墓は、さすがに立派で、巨大な墓石に鳥居までついていました。しかし、終戦後は墓地の上に中国大陸から流入した人たちの家などが建てられ、忘れ去られていたのです。これが1997年の公園整備事業で発見され、1999年に台湾の有志によって台北県三芝郷(現在の新北市三芝区)のキリスト教墓地に改葬されました」

「今回、私たちが訪れたのは、そのキリスト教墓地です。水平に安置された黒御影石と思われる2畳間ほどの大きな墓石は、墓地の規格通りの様式のようでした。ほかの墓石にはキリスト教徒であることを示す十字架がレリーフされていますが、明石大将の墓石の中央には、最初に埋葬された台北市三枚橋墓地にあった墓碑銘らしい古びた金属板が載っていました」

「帰国後にネットで調べたら、明石元二郎の墓をめぐるいきさつや写真をまとめたブログを見つけたので、リンクを貼っておきます。中に、掘り出した明石の棺を重機でつっている写真があります。埋葬されて80年近くたつのに、ロープをかけてつり上げることができるほど、丈夫で立派な棺ということですね」