- 『NEWSを疑え!』第368号(2015年2月5日号)
- ◎ストラテジック・アイ(Strategic Eye)
◇◆同じようで違う、スパイとジャーナリスト
◆公開資料を読み込んだ『原潜回廊』
◆情報の95%が公開されている
◆『在日米軍』はフィールドワーク
◎セキュリティ・アイ(Security Eye)
・ロシアの対抗措置はリーマンショックの再現?
◎編集後記
・読売新聞が訂正記事を出します
◎編集後記
・読売新聞が訂正記事を出します
私が『NEWSを疑え!』と日本報道検証機構(Gohoo)で指摘した誤報を、読売新聞が訂正記事を解説面に掲載し、正しい情報を伝え直すことになりました。ご記憶だと思いますが、昨年11月25日付朝刊の陸上自衛隊の地対艦ミサイルに関する誤報です。
読売新聞側には、「記事の冒頭の部分で11月25日付の紙面で『外洋の敵艦を攻撃できない』としたのは誤りで、正確な情報を読者に提供するため、解説記事を書くことになったと明記していただきたい」と要望しておきましたので、訂正記事のモデルとなるような内容を期待しています。
そこで今回は、読売新聞が訂正記事を掲載するにあたり、私との間でどういうやり取りがあったのかをご紹介し、新聞が「歴史の記録者」(新聞倫理綱領)としての使命を果たしていくうえでの、ひとつの参考にしてもらえればと思っています。
読売新聞東京本社社会部のA記者から電話があったのは1月27日午前のことです。私が誤報を指摘した記事の執筆者だと名乗りました。
私は東京駅12時36分発の東北新幹線に乗り継いで福島に向かうため、自宅を出ようとしていました。
そこで、出張に出かける旨を話して、以下のような簡単なやり取りで電話を終えました。
A記者「いま出ている月刊『WiLL』を見て電話しています。認識が違っているようなので、ぜひ、お会いしてご説明したい。ご都合のよいときに事務所に伺いたい」
月刊『WiLL』3月号には、「『集団的自衛権』で虚言、妄言、暴言!」というタイトルで私のインタビューが掲載されており、読売新聞の誤報にも触れていたわけです。
小川「お会いするのは構いませんが、認識が違うというのはどういうことですか。事実関係が違うから誤報といったのです。あなたがなすべきは、誤報を訂正し、正しい情報を読者に伝えることではないですか」
A記者「誤報ではありません。SSM(地対艦ミサイル)部隊の指揮官経験者に取材した結果です。P3C(海上自衛隊の哨戒機)からの敵艦の位置情報は音声が不明瞭で伝わらないことがあり、『電報ゲーム』になるおそれから、(地対艦ミサイル発射の)決心ができないと言っていました」
電報ゲームとは、最初に「A」と伝えたのが、何段階かを経たあとには「B」になってしまうという、情報伝達で陥りがちのミスを指す言葉です。
小川「あなたは陸上自衛隊の地対艦ミサイルについて『百数十キロの射程を持ちながら外洋の敵艦艇を攻撃できない』と断定している。それを読んで私はすぐに陸上幕僚監部防衛部に確認を求めました。防衛部では地対艦ミサイルの担当部署に確認した結果、問題なく攻撃できると、そのメカニズムの説明を含めて連絡してきました。それに、P3Cからの敵艦の位置情報は音声が不明瞭で伝わらないことがあるといいますが、それが問題であれば、記事にそれを書くべきではないですか。それを書かないで間違った断定をしている。これは認識の相違といった問題ではありません」
私はさらに続けました。
小川「それに、1988年に制式化された88式地対艦ミサイルが外洋の敵艦艇を攻撃できない状態のまま放置されてきたとしたら、一大スキャンダルです。その裏付けをとれば大スクープですよ。その角度から頑張るべきではないですか」
88式地対艦誘導弾の発射機
A記者は、地対艦ミサイル部隊の指揮官経験者について防衛大学校出身者だとして、取材源の情報が正しいことを強調しようとしているかのようでした。そして、私が「地対艦ミサイル部隊が備えているレーダーは水平線より向こうを探知できないから、はるか洋上にいる敵艦を攻撃できないということは、Bさん(著名な軍事評論家)が20年ほど前に本に書いているが、それは間違いだと軍事技術に詳しい若い研究者が教えてくれました」と言うと、A記者は「小川さんのサイトに出ていましたね。私はその本のことは知りませんが、Bさんは7年ほど前にも『音声の問題で情報伝達ができないことがある』と書いていました」と答えました。
私は、軍事技術について優れた知識の持ち主であるBさんとは旧知の間柄ですが、それでも間違いはあります。そんなやり取りをしながら、A記者は既に『WiLL』の発売前の段階で私が『NEWSを疑え!』(1月15日号「地対艦ミサイルが洋上を飛ぶ仕組み」)に書いた誤報に関する記事を読んでおり、それにもかかわらず連絡が今日になったのは、頬被りしようとしていたら『WiLL』が出て、社内からの指摘で連絡してきたのではないか、との疑いが頭をもたげてきました。
このときは、出かける時間になったので、こちらのメールアドレスを教え、私の誤報とする指摘のどこがどう間違いなのか、箇条書きで構わないからメールしておいてほしいと伝えて電話を切りました。
そして以下にあるように、私は移動中の新幹線のデッキからP3Cの専門家である同期生に電話し、敵艦の位置情報が音声の問題で伝わらないといったトラブルの有無やバックアップについて確認を求めました。
その夜、私が福島の講演先から戻ると、午後9時前、ようやくA記者からのメールが届きました。
「小川先生 読売新聞のAと申します。先ほどはご出張前の慌ただしい時間に、大変、失礼いたしました。お話させていただきたいことが多岐にわたるため、メールより、お会いしてお話させていただいた方が、趣旨が正確に伝わるかと思います。ご都合がよろしいときに、事務所等を訪問させていただく訳には参りませんでしょうか。 この機会に、先生にもごあいさつさせていただき、ご意見なども伺えればと思っております。ぶしつけなお願いで恐縮ですが、ご検討のほどよろしくお願い申し上げます」
こちらが求めた事実関係の記述はなく、会いたいの一点張りなので、私は次のメールを返しました。
「A様 有難うございます。
1)お会いするのはやぶさかではありませんが、私と会う目的が理解できません。以下の4)を実行されるのが物事の順序だと思います。
2)電話をいただいたあと、移動中に同期生の元海上自衛隊航空集団司令官・C海将(P3CのTACCO)に確認を求めましたが、音声が不明瞭になることはないとのことです。(※TACCOは戦術航空士)
まして、「電報ゲーム」のような状況は発生しない仕組みになっているので、その「SSMの指揮官経験者」が何を言っているのかわからないと言っていました。
また、SSM発射の決心は上級指揮官の問題であり、その「SSMの指揮官経験者」が誰か、どんな階級の人か知りませんが、P3Cからの情報が確認できない事態には、他のバックアップ手段で確認することを知らない人だと思うとのことです。
3)以上から、Aさんが「そのSSMの指揮官経験者」から聞いた話を、陸幕防衛部、海幕防衛部に確認していれば、あのような記事にはならなかったというのは明らかだと言っていました。
4)Aさんがなすべきは、小川の指摘が間違っているなら紙面で反論すべきですし、自分が間違っているのであれば、上司と相談して正しい情報を読者に提示すべきです。
5)以上について、私は日本報道検証機構(Gohoo)のコラムで紹介するつもりです。
6)Aさんが態度を明らかにされるまで、私から読売新聞上層部に告げ口をするつもりはありませんが、Gohooのコラムが社内の目に触れることはあると思います」
A記者からの返信は翌日28日の午前11時過ぎにあり、またしても「会って説明したい」と繰り返していました。
「小川先生 ご連絡、ありがとうございます。こちらの目的は、先生が『誤報』と指摘されている弊紙の記事について、きちんと説明したいためです。私は当該記事を執筆するにあたって取材を尽くしており、内容に何ら間違いはないと考えております。このまま誤解されたままであるのは心外であり、十分に説明させて頂くためには、お目にかかってお話しするのが一番と考えた次第です。ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます」
これは、自らの社内的立場をこれ以上悪くしないよう、とにかく小川と会って謝って、訂正記事など出さずに済まそうという、誤報した新聞記者によく見られるパターンです。それに、「私は当該記事を執筆するにあたって取材を尽くしており、内容に何ら間違いはないと考えております。このまま誤解されたままであるのは心外であり、十分に説明させて頂くためには、お目にかかってお話しするのが一番と考えた次第です」という部分は明らかに開き直りで、私もカチンときましたので、次のように返信しました。
「A様 私に説明して、取材を尽くしたと理解を求めても、間違いでないことを説明したことにはなりません。『誤解』だと言われますが、どこが誤解なのでしょうか。言い訳を聞くのに時間を割くつもりはありません。Aさんは、紙面で正当性を主張すべきではないでしょうか。あるいは、私が貴社に公開質問状を出す形の方が宜しいでしょうか。ナベツネさん(渡邉恒雄主筆)、老川さん(老川祥一最高顧問)にはすぐに連絡を取ることができます。それなら、客観的な判断をしてもらえるようになるでしょうから」
「A様 追伸です。『誤解』と言われますが、専門家としては聞き捨てならない言葉ですし、私が間違っていれば訂正しなければなりませんので、『誤解』していると思われる点をメールで送ってください」
その後、A記者からの返信はなく、28日夜になって陸上幕僚監部防衛部から読売新聞のA記者の上司のD氏(論説委員)に私の電話番号を教えてよいかと訊ねるメールが入りました。このD氏は旧知の人で、すぐに了解すると返信したわけです。
29日午前、D氏と電話で話し、訂正記事を出すことになったと報告を受けました。どうやらA記者は『WiLL』の記事を読んだ社内の人から事情を聞かれ、私のところに電話してきたようでもありました。D氏も『WiLL』の記事を読んだ社内上層部に、「これをわかるのは社内にキミしかいない」と判断を求められ、「ウチ(読売新聞)が間違っています」と回答したとのことでした。A記者の私に対する態度についても、「それでは保身じゃないか」と叱ったとも聞きました。ちなみに、D氏は防衛問題の担当が長く、防衛大学校の研究科(大学院)にも学んでいます。
29日夕刻、D氏から次のメールが届きました。
「小川和久様 今朝ほどはご多忙の中、時間を割いていただきありがとうございました。対艦ミサイルに関して誤った情報を提供した紙面を修正する目的で、改めて解説面などで、離島防衛の切り札的な存在であるSSMが抱える現状と課題のような原稿を、担当者(社会部・A)に書かせることにいたしました。人質事件の関係で紙面の日付等ははっきりとしておりませんが、編集局の意向として、近日中に紙面化することになりました。小川様には、Aとのやりとりなどでご不快に感じたこと等、非礼につきまして心苦しく思っております。今回は貴重なご意見を寄せていただきありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」
私は次のように返信し、冒頭に記した要望を伝えました。
「D様 こちらこそ、お騒がせいたしました。ひとつお願いがありますのは、記事の冒頭の部分で11月25日付の紙面で「外洋の敵艦を攻撃できない」としたのは誤りで、正確な情報を読者に提供するため、解説記事を書くことになったと明記していただきたいということです。そうしておかないと、誤った情報が一人歩きすることになり、『歴史の記録者』としての新聞の使命にそぐわないことになるからです。さらに、適正報道委員会が機能した結果と記すと、読者の信頼は増すと思います」
今回の一件は、私にとっても大きな教訓を残すものでした。
人間は間違うものだ。確認を怠るな。ニュースソースに引きずられるな。間違ったら訂正せよ。ジャーナリストとしての使命を忘れるな。社内を向いて保身に走ってはならない。
これは、そっくりそのまま私にも当てはまるものばかりで、肝に銘じたいと思います。
(小川和久)