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『NEWSを疑え!』第373号(2015年2月23日特別号)

『NEWSを疑え!』第373号(2015年2月23日特別号)
◎テクノ・アイ(Techno Eye)
・米国の兵器開発の圧倒的優位を支えるシミュレーション施設
(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)
◎編集後記
・靖国で戦死の危機感を煽りたい朝日新聞(小川和久)

◎編集後記

・靖国で戦死の危機感を煽りたい朝日新聞

 2月18日の朝日新聞朝刊1面に、隊列を組んで靖国神社に参拝する防衛大学校の学生たちの写真とともに、大きな企画記事が掲載されました。

(戦後70年)近づく 靖国と自衛官 と大見出しが躍っています。

 見出しの「近づく」に関係する部分だけ拾っておきます。

「(前略)例大祭からひと月が過ぎた昨年11月末、志摩(筆者注・防衛大学校1期生で旧陸軍将校らの団体・偕行社の理事長に就任した元陸上幕僚長の志摩篤さん)の後輩にあたる防大生たち約400人が、制服姿で靖国に参拝した。学生有志の『私的行事』として、例年、千鳥ケ淵戦没者墓苑と併せて訪れている。春から航空自衛隊に配属される4年の男子学生は『私たちを見守って下さい』と祈った。任官を控え、自らの職務を『ちょっと怖いな』と思うようになったという。

 遠ざかっていた『戦死』が再びリアルに感じられる時代に、自衛隊員やOBが靖国との距離を縮めている。(西本秀)」

 企画そのものは、国際平和協力活動の拡大などで自衛官に求められるようになった「覚悟」と戦死者を追悼する靖国神社の距離感が狭まっているのではないかという問題提起で、集団的自衛権の行使に反対する朝日新聞らしい姿勢を打ち出したものです。

 読む側としては、高齢化に直面した靖国神社を支える側の実情などもわかり、それなりに参考になる企画ではあります。

 しかし、参拝する防衛大学校の学生たちの写真をながめていて、私の中で違和感が膨れあがるのを禁じ得ませんでした。

 ご存じの通り、私は1961(昭和36)年4月、自衛隊生徒(少年自衛官)として15歳で横須賀市にある陸上自衛隊生徒教育隊(現・陸上自衛隊高等工科学校)に入隊したわけですが、その直後の5月、社会見学で東京都内をめぐった際、自衛隊の制服制帽を着用し、同期生520人が隊列を組んで靖国神社と明治神宮に参拝した経験があるからです。

 当時は「60年安保」の翌年で、全学連の挫折感と重なるような西田佐知子『アカシアの雨がやむとき』が哀調を帯びて街に流れる一方、制服自衛官を見ると「税金泥棒」の罵声が浴びせかけられるような時期でもありました。

 その一方で、京浜急行だったのか、江ノ島鎌倉観光だったのかは忘れましたが、観光バスを連ねて東京に行き、それこそ堂々と靖国神社に参拝し、それが問題視されなかったのですから、朝日新聞の記事に出てくる防大生たちが「学生有志の『私的行事』として」という遠慮ぶりに、かえって驚かされるのです。当時の写真には、堂々と明治神宮の大鳥居をくぐる2個教育中隊の姿が残っています。

 未明に非常呼集がかかり、完全武装で近くの武山山頂まで駆け足で登り、呼吸を整えたあと、当直幹部の号令で武山不動尊に捧げ銃の敬礼をするのは、いつものことでした。

 それだけではありません。1960年代前半の時期、少なくとも私たちは演習や射撃訓練では戦闘服に鉄帽(ヘルメットのうえにかぶる鉄兜)姿で、手にはM1小銃、腰には銃剣と弾帯という姿で、一般乗客に混じって鉄道で移動していました。1962年秋の自衛隊記念日の中央パレードには、横須賀から会場の神宮外苑まで制服制帽にM1小銃を携えて横須賀線と地下鉄で移動したことを憶えています。

 このメルマガでも書きましたが、デモ隊に抜き身の銃剣を突きつけて進む形の治安出動訓練も行いました。1962年10月末のキューバ危機では、米軍と同じ訓練名目で三日三晩、完全武装のまま待機させられました。

 それでも、国民との間でトラブルを経験することはありませんでした。そんな自衛隊と一般国民の間に距離ができていくのが「70年安保」の頃からだったような気がします。自衛隊側がというより、時の政権与党が自主規制に走ったからです。

 朝日新聞が書くように、いま自衛官と靖国の距離が本当に縮まっているのかどうかも、そうした政権与党による自主規制が続いた時期と、そして1970年代半ばからの旧ソ連に対する北方脅威論が頭をもたげた時期、ソ連崩壊後に国際平和協力活動に乗り出していった時期などとの関連性において、ながめてみる必要があるのではないかと思います。

 朝日新聞の記事を貫くのは、集団的自衛権の行使によって自衛官が戦死する可能性が高まることを強調する姿勢ですが、靖国神社もまた「戦死の象徴」として小道具に使われている印象があります。

 そんな小細工を超えて、朝日新聞が「歴史の記録者」(新聞倫理綱領)として、どこまで現代史に肉薄できるのかどうか、あまり期待しないで、ながめてみたいと思います。

(小川和久)