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『NEWSを疑え!』第52号(2011年10月3日特別号)

『NEWSを疑え!』第52号(2011年10月3日特別号)
◎セキュリティ・アイ:世界一の金山があるパプアの独立紛争(主任研究員・西恭之)
◎ミリタリー・アイ:日本が南西諸島に弾道ミサイルを配備する?(主任研究員・西恭之)
◎編集後記:程永華中国大使の見識

セキュリティ・アイ(Security Eye):

世界一の金山があるパプアの独立紛争(主任研究員・西恭之)

 日本ではほとんど報道されることがないが、インドネシア領パプアの独立への動きが不気味な地鳴りを響かせている。

 インドネシアの東の端、ニューギニア島の西半分を占めるパプア州と西パプア州(以下「パプア」)では、1960年代にインドネシアが併合して以来、独立を求めるゲリラ戦が続いてきた。

 最近、その様相が一変した。四分五裂したゲリラの力が弱体化した一方、パプア住民の独立志向は衰えを見せず、インドネシア当局は現在、一般住民の言論活動や集会に神経を尖らせる形になっている。

 スハルト政権崩壊から13年を経て、インドネシアの他の地域では軍は行政から手を引き、純粋な軍事組織に姿を変えている。この変化は、改革派の軍人だったユドヨノ現大統領に負うところが大きい。

 ところが、パプアでは国軍が全権を掌握する旧態依然とした形で独立機運を圧迫し続けており、民主化が進むインドネシアの中で取り残された形になっている。年末に控える独立宣言50周年の節目に向けて独立運動が高まりを見せることは必至で、それに対する国軍の弾圧姿勢も強まるとみられる。

 ジャワ島から2000キロ以上離れたパプアは、西端の一部地域を除くと、19世紀末にオランダに植民地化されるまで、外部と政治的に統合されることはなく、インド文明もイスラム教も伝わらなかった。

 インドネシアの独立後も、オランダはパプアの独立を準備する目的で統治を続けたが、1961年にインドネシア軍との小競り合いが起きると、パプア側は国連による暫定統治を経て1963年にインドネシア統治下に入った。

 当時の協定では、1969年までにパプア住民の意思に基づいて併合または独立を決めることになっていたが、インドネシアは住民80万人から選んだわずか1025人の挙手による全員一致の投票を根拠として、パプアを併合した。それでも、1970年代のインドネシアによる東ティモール併合と異なり、パプア併合は国際的に承認されている。

 パプアの資源を手にしたインドネシア政府は、乱開発によって住民の反発を招く結果となった。インドネシアの時代になって開発され、資源メジャー・フリーポートが経営するグラスバーグ鉱山は世界最大の金山であり、世界第3の銅山だが、露天掘りと鉱滓が公害問題を発生させ、それを理由に「自由パプア運動」(OPM)のゲリラの攻撃に曝され続けている。