『NEWSを疑え!』は有料メールマガジンコンテンツです。バックナンバーは会員登録をされた方のみ読む事が出来ます。
  • 会員登録をされていない方は「購読する」ボタンより購読手続きを行って下さい。
  • 購読する

  • 会員の方は枚ページログイン後「バックナンバーを読む」ボタンよりお読みいただけます。
  • バックナンバーを読む

『NEWSを疑え!』第70号(2011年12月5日特別号)

『NEWSを疑え!』第70号(2011年12月5日特別号)
◎セキュリティ・アイ:シーレーンの安全と水不足に悩むイエメンの関係(主任研究員・西恭之)
◎ミリタリー・アイ:米国の著名な専門家の提案に「普天間固定化」(主任研究員・西恭之)
◎編集後記:奇襲対処能力がない?野田政権

セキュリティ・アイ(Security Eye):

シーレーンの安全と水不足に悩むイエメンの関係(主任研究員・西恭之)

 イエメンではこのほど、33年にわたって君臨してきたサレハ大統領が退陣を受け入れたが、同国がインド洋とスエズ運河の間のシーレーンを扼する位置にあるだけに、その安定化の動向が日本をはじめとする関係国の海賊対策に再考を迫ることとなった。

 そのイエメンが目下、直面しているのは、今年に入ってからの政治動乱の間も進行した水資源の枯渇問題である。この水不足は地方の紛争を激化させているだけでなく、首都サヌアの都市機能すら存続できるかどうか疑問視される危機的な事態となっている。イエメンはいま、建設が決まっている太陽熱淡水化プラントなどによって水資源を増やしながら、水の配分を改善していく政策転換を迫られている。

 軍人出身のサレハ大統領は、1978年に北イエメン大統領に就任し、1990年にはソ連寄りの南イエメンをほぼ吸収する形で統一、イエメン共和国の初代大統領に就任した。

 このサレハ大統領は、アデン港で給油中の米海軍の駆逐艦コールがアルカイダの自爆攻撃を受けた2000年10月時点では、FBI(米連邦捜査局)の捜査に非協力的だった。ところが、11カ月後に米国で同時多発テロが起きると、米軍の侵攻を恐れたサレハ大統領は、CIA(米中央情報局)の無人機によるアルカイダ関係者の殺害を容認するなど、親米の姿勢を鮮明にした。

 2010年末、サレハ大統領は大統領の任期制限を廃止する改憲案を提出、それに対する不満が高まっていたところへ、チュニジアのジャスミン革命が波及し、今年1月からサヌアで1万人以上のデモが繰り返される事態となった。そこに、以前から反政府デモを行なってきたアデンなど南部の分離独立派が合流、サレハ政権打倒の勢いが増していた。デモを呼びかけたタワックル・カルマン氏はさきごろ、ノーベル平和賞を受賞した。

 これに対して、政府はデモ隊への銃撃を繰り返し、湾岸協力会議(湾岸アラブ諸国)の調停案を黙殺する動きに出たため、イエメン最大の部族連合「ハシド」の長は5月23日、反政府デモへの支持を表明、政府に宣戦布告した。サレハ大統領は6月3日、宮殿へのロケット弾攻撃で負傷し、治療のため隣国サウジアラビアに出国した

 その時点で、サヌアなど北部の都市住民、部族連合、南部の分離独立主義者、北西部のシーア派、そして南部のスンニ派原理主義者という各地の多様な勢力がサレハ政権退陣を求めていた。米国は、そのうちのアデン湾沿岸・ジンジバルを占領したスンニ派の中にアルカイダがいるとして警戒を強めている。

 サレハ大統領は結局、11月23日に湾岸協力会議の調停を受け入れて全権をハディ副大統領に譲り、26日にイエメンに帰国した。27日には野党勢力の推すバシンドワ元外相が、ハディ副大統領によって挙国一致内閣の首相に指名され、閣僚名簿も12月1日に決まった。

 と言っても、これでイエメン情勢が一段落というわけではない。タイズ市などでは政府軍と反乱軍の戦闘が続いているし、もともと中東で最も貧しい国であるイエメンにとって、1月以来の経済活動の停滞・破壊による被害は想像以上のものがあったからだ。

 例えば、イエメンは通常、日量28万バーレルの石油を生産し、10万5000バーレルを輸出しているが、政府の武力行使に対する報復として部族勢力が石油パイプラインを破壊したことで、石油輸出による収入が毎月3‐4億ドルも失われる結果となっている。パイプラインの破壊によって、国内の井戸のポンプを動かすディーゼル燃料も不足することになり、水の値段は今年1月から6月の間に5‐10倍に高騰した。