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『NEWSを疑え!』第115号(2012年5月17日号)

『NEWSを疑え!』第115号(2012年5月17日号)
◎小川和久の同志社大学神学部時代
・神学生になったのも『動機不純』から?
・クリスチャンと軍事専門家は矛盾するか
・自らの仮説を検証するために学生運動に参加
◎セキュリティ・アイ:イラン問題で対米発言力を強めたイスラエル大連立政権だが…(主任研究員・西恭之)
◎ミリタリー・アイ:いっそうの国防費削減を求める米国の世論(主任研究員・西恭之)
◎編集後記:「沖縄県民斯ク戦ヘリ…」

ストラテジック・アイ(Strategic Eye):

◇◆小川和久の同志社大学神学部時代◆◇

国際変動研究所理事長 軍事アナリスト 小川和久

Q:このメルマガでは過去2回にわたって、小川さんの自衛隊生徒(少年自衛官)時代の話を聞きました。隊舎は映画『フルメタル・ジャケット』に出てきた2段ベッドが並ぶ海兵隊訓練所そっくりだったとか、最初の2年間は50分授業が午前と午後で8コマあり、自衛官としての教育と高校の教育(1年目は普通科3年分、2年目は工業高校3年分)が半々の濃密な教育だったとか、とても興味深くうかがいました。『小川和久が自衛隊に行ったのはなぜだ』という声が、けっこうあるようだということでしたが、大方の読者にはこの疑問が解けたでしょう。ところで、小川さんの経歴でもう一つ、少なからぬ人が「なぜだろう」と思っているのは、小川さんが同志社大学神学部の出身という点だろうと思います。そもそも小川さんがクリスチャンだということも、知らない人のほうが多いかもしれません。そこで今回は、小川さんの大学時代の話を聞かせてください。

小川:「わかりました。私が自衛隊に行ったのは、母親が病気になってしまい仕送りをする必要があったからで、お国のためを考えたり国防意識に燃えていたわけではなかった。経済的な事情だから、やや『動機不純』だったという話は、すでに申し上げたと思います。そして、私が同志社大学神学部に進んだ理由も、実はやっぱり『動機不純』でした(笑)。今回は、その話をしましょう」

「これも前にお話ししたかと思いますが、私は1945(昭和20)年12月生まれで、中学3年のころには、県立熊本高校に進んで、できれば東大に行き、将来は外交官になるか弁護士になりたい、と考えていました。これには、家が斜陽になる前、アメリカの外交官や軍人、ジャーナリストなどが出入りしていたという環境があったことも影響していたと思います」